日本の伝統芸能が描く戦争と鎮魂ー能を中心に
ユネスコ無形文化遺産にも登録されている能楽は、日本の古典芸能のひとつとして現在も演じ続けられており、歴史的遺産でありながら、日本の現代社会にいきづく芸能である。その演目のなかには、戦争、戦士を主題とした「修羅物」といわれる分野があり、平家物語などの先行文芸を典拠として、日本の歴史上、実際に勃発した源氏と平氏の争いを題材としたものが多い。では、能が描く戦争や戦士像にはいかなる特徴があるのだろうか。そこには、仏教的な世界観と土着的なアニミズムの融合など、日本の宗教的心性がみられるとともに、敵味方を問わない鎮魂の祈り、戦士の神格化など、日本社会における戦争観を考える契機となる要素が多く含まれている。能が描く戦争、戦士の姿を通して、西洋文明、あるいはキリスト教的世界観における戦争観や戦士の鎮魂との比較、現在進行形の国際戦争にどう向き合うかという問題についても、聴衆のみなさまとともに幅広く議論したい。
佐伯順子
同志社大学大学院社会学研究科教授。研究分野は、比較文化、日本文化研究、ジェンダーとメディア。主な著書に、『遊女の文化史』(中央公論新社、1987年、同題韓国語訳あり)、『「色」と「愛」の比較文化史』(1998年、サントリー学芸賞、山崎賞受賞、岩波書店、中国語訳『愛欲日本』)、『泉鏡花』(2000年、筑摩書房)、『明治<美人>論 メディアは女性をどう変えたか』(2012年、NHK出版)、『男の絆の比較文化史―桜と少年』(2015年、岩波書店)など。研究報告書に、『生きている劇としての能』(国際日本文化研究センター共同研究・研究代表者ジェイ・ルービン、2006年)、論文に、” From Nanshoku to Homosexuality: A Comparative Study of Mishima Yukio's Confessions of a Mask " , Japan Review, International Research Center for Japanese Studies,1997年, 「三島由紀夫の<男性同盟>と男性同性愛者のアイデンティティ」『東京外国語大学国際日本学研究報告Ⅶ』東京外国語大学大学院国際日本学研究院、2020年、共著に、A New Japan for the Twenty-first Century ( Routledge, 2008年), Revenge Drama in European Renaissance and Japanese Theater(palgrave macmillan, 2008年 ) など。